タイガースカー
阪神の公式ボードにちょっとした話題があった。 タイガースカーのこと。
地元阪神地区なら、阪神タイガースタクシーが有名ですよね。
なんたって、全身タテジマ模様。 まぁ実はヨコジマなんですけどね(笑)
こんなの
かわいいよね・・(笑)
阪神ファンだけでしょうけどね、、かわいいなんて言うのは・・・。
阪神の公式ボードにちょっとした話題があった。 タイガースカーのこと。
地元阪神地区なら、阪神タイガースタクシーが有名ですよね。
なんたって、全身タテジマ模様。 まぁ実はヨコジマなんですけどね(笑)
こんなの
かわいいよね・・(笑)
阪神ファンだけでしょうけどね、、かわいいなんて言うのは・・・。
久しぶりに再開しましょか、つづきは大阪編からでしたねぇ。
大阪へ帰って来たわしは、すでに2児の父になってました。
新しい勤め先もなんとか決まり、職場で新たな知り合いができました。
女性だったんですが、通勤に200ccのバイクを使ってるような、ボーイッシュな方でしたねぇ。
まずその女性と仲良くなって、ダンナさんとも友達になったんですが、この人がまたバイク好きの人で、トライアル車に乗ってたんですよね。
で、遊んでるうちにわしも面白くなっちゃって、同じトライアルバイクを買ってしまったのでした。
ホンダTLR200
http://www.honda.co.jp/news/1983/2830412.html
もちろん中古で、そのダンナさんに京都のバイク屋さんまで一緒に行ってもらったんですよ。 ま、もうすっかり友達で・・(笑) 欲しい、安いのがソコにあると言う事で。
でも10万しましたけど・・・・あとでウチのヨメさんに怒られたのは言うまでもない。
一緒に写ってるのはムスメですな。
で、そのダンナさんやら他のバイク仲間やらで信太山の自衛隊演習場近所の山でいそいそと・・・・(笑)
こんな事や あんな事を いろいろと。。。。
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楽しかったですねぇ。
そこで、トライアルって知ってる?
まずはトッププロ超ワザを見てビックリしてちょうだい。
日本のトッププロ超ワザ
インドアトライアル世界選手権
おっちゃんのトライアル
このぐらいなら、わしでも簡単。(笑)
ホンダはトライアル車のTVCMもやってましたねぇ。
いやはや、このトライアルっていうモータースポーツ、けっこう体力的にキツイんですよ。
今はとってもできまへんわ、丼さん見習ってちょっとジムでも行こうかな?
忙しくなります。
なので、手抜き・・(笑)
広島時代の最後のクルマがこれ
ホンダ ライフ ステップバン
1972年9月
エンジン、駆動方式、サスペンション機構、ホイルベースはホンダライフそのままに静かで広い 室内を実現。
車両重量や積載時重量に合わせて、前・後輪のスプリングは新しく設定しました。 また、ボディ 形状に合わせたハンドル傾斜角、シート位置、チェンジレバーノブ位置など、扱いやすさが追求 されている。
ステップバンの特徴は、低いフロアと高いルーフ。 5ド アとの組み合わせ により、乗り降りや荷物の積み降しが
楽に行なえる。 また、大きな荷台スペースは、特にたて 長の荷物もゆったりと積むことができる。 ペンホルダー、デスクタイプのインストルメントパネルなど、新しいアイデアも取り入れた。
元祖ミニバン?
ステップバンの登場から20年余を経た93年、スズキからワゴンRと呼ばれるモデルが登場した。ステップバンを知る者にとってはソックリに見えるこのクルマは大ヒットを記録、今日まで続くミニバンブームの嚆矢となった。ホンダ自身も96年にステップバンを拡大コピーにかけたような2リッター級のミニバンを「ステップワゴン」の名で発売、5年間で約50万台を売った。
ワゴンRやステップワゴンをはじめとする現代のミニバンは商用バンではなく乗用車ではあるが、1.5ボックスのトールボーイスタイルは基本的にステップバンが提唱したカタチを受け継いでいると言っていいだろう。それはつまり、ステップバンは生まれてくるのが20年以上早かったということなのだろうか。
このクルマも、中古車屋のウラの原っぱにほっぽってたもの。
それを、通常のシングルキャブ仕様のエンジンを、ライフのスポーツ仕様エンジン用のツインキャブのものにヘッドごと交換。
よく走ったよなぁ・・・・・遠い目。
ただ、スピードは出るんだけど、足回りが どノーマル。 フーラフラ。
カーブではいつも コケそうになってたよな・・(笑)
で、いろいろな事件があって、やむなくわしは広島を後にするのであった。
(うわ、めっちゃ はしょった(笑))
次回からは大阪編 かみんぐすーん。
今日は試合やって欲しかったなぁ。
じゃ、今日はこれ行ってみよう。 広島時代に沢山乗り換えたので、順番が違うかもしれんけど。
トヨタ セリカ カムリ 1800
1980年 当初はカリーナの兄弟車として「セリカ・カムリ」の車名であった。 車名の由来 CAMRY 冠(かんむり)からの造語。 カムリの歴史は、初代のセリカカムリから始まる。 セリカカムリはカリーナの兄弟車種であり、同じくFRのスポーツセダン。 まさに「羊の~」なんとやらである。
当初はOHV+キャブレターの1600ccと1800ccエンジンのみであったが、後にEFI(インジェクション)化された2000ccのDOHCエンジン、18R-GEUを登載した「GT」が登場する。
その他1800cc OHV+EFI、2000cc OHV+キャブレターのエンジンもラインナップしていた。 前:ストラット+後:ラテラルの4輪独立サスペンション、4輪ディスクブレーキを搭載し、まさに本気仕様。
乗ってた色は、青っぽくて黒っぽいモスグリーン(難しい色)。
実はこれのフロントグリルの真ん中に、BMW320の あの メッキグリルを無理やりくっつけていた・・・(笑)
すると、・・・・・なんということでしょう(ビフォーアフター風)、先行くクルマが皆さん、避けてくれるでは あーりませんか(爆笑)。
いやぁ、あの時は気持ちよかった。 まだまだ世の中にベンツやBMWが少ない時代ですから。 あのときの皆さん、すんません、ウソついてました。
ちょっとブログ作業が面倒になってきたぞ・・・やっぱり(笑)
気を取り直して(負けたしなぁ・・・)
この自動車修理工場では、いろいろ面白い経験をしましたねぇ。
事故車の修理を主に担当してたんだけど(手先が器用だったし)、普通の出会い頭の事故車なんて、お茶の子さいさい。
面白かったのは大事故車。 工場に運ばれて来た時はもう、クルマの原型など留めておらず、ムッチャクチャのグッチャグチャ。
よく免許の試験場で見せられる映像に出てくる事故車両ありますよね、 これ、乗ってた人、ぜったい生きてへんぞ、っていうやつ。
普通はそういう場合、間違いなくオシャカ。スクラップなんですが、1度そんなんでも直してくれ、っていうマニアな人がいた。 「ええぇぇぇえ?!、これ、直すんですかぁ?」 とわしが言ったのはいうまでもない。
変わった人がいるもんだ、と思いながらも、内心このグチャグチャを直せる喜びに胸を躍らせましたよ、ウヒヒヒって感じでした・・(笑)。
ただ、そんな25年も前の画像など残ってるはずもなく(事故車だから写真は撮ってたはず) ここでお見せできないのが残念。
しゃあないので、軽めの事故車修復作業の画像を見つけてきた。
ホンダライフの比較的大きな事故車みたいだけど、軽四は鉄板がペラペラだからね、すぐこんなんなっちゃうと思うよ。 でもまだ後ろの部分がまともに残ってるじゃないか(笑)。
わしが直した大事故車は、ニッサンシルビア(2代目)だったなぁ。 他にもホンダアコードとかいろいろ直したけど、これが一番ヒドかった。
なんせグチャグチャですから・・(笑)、説明しにくいけど、上のライフの画像で基本になっているボディーのアンダープラットフォーム、要するに床部分なんですが、ここさえもゆがんでいたんですよ。
しゃあない、こりゃあ引っ張っても元に戻らんな、ということで、車体番号がキザんであるダッシュボード裏(エンジンルームとの境)部分の鉄板だけ残して、総とっかえ・・・素人のポーカーか(笑)。
総替えと言っても、丸ごと一台が組まれて運ばれてくる、なんて事は断じてな~い。
もう細か~い部品を一つずつ、そりゃあもう一つずつクルマ1台分全て注文しなきゃならん。 ゆーときますけど、プラモデル作るのと訳が違いますから、似たようなもんやけど(笑) 部品点数なんてプラモの1000倍はあると思うな。
要するに、ニッサンシルビアの新車を1台、わし一人で作っちゃいました。
ええのんか?・・ニッサン。 ってな気分でしたね。
ただ、エンジンはアルミブロックが端っこで欠けたりしてたけど、そのまま使用しましたよ。もちろんエンジンルームのその他の部分、ラジエターからオイルクーラー、バッテリーもオシャカなので交換。
足回りは4ヵ所とも全部パァで、ショックからロッド類全部交換。 いやあ、面白かったなぁ。
で、完成させて、エンジンも積み込んで、さぁ始動・・・・・・? あれれ、エンジンがおかしい? ちょっと焦った。 で、原因究明。 解りました、電装系のトラブル。
クルマってこのころの新車はすでにインジェクション仕様のコンピューター制御。 これにいろんな物を電動で動かしたり、あちこちのランプを点灯させたりで、もう人間様の血管のように複雑な電線が束になって繋がってる。 このハーネスの何処かが断線してるようでした、あと専門家に調べてもらって、コンピュータもダメということでBOXごと交換。
はははは、ほとんど新車やん。 全ての作業が無事終了、ちゃ~~んと動きましたよ~。
で、今度は走行テスト。 自ら運転してそこいら辺をひとっ走り。 これはなんの問題もなく真っ直ぐに走ってくれました。 異音やガタも無し。 メーカー仕様より優秀やったんちゃうか。 だいたいフレーム自体を細かい部品から作り上げて真っ直ぐ走るなんて、自分でも思ってなかった・・・(笑)
で、その頃乗ってた愛車(やっと本題か・・)がこちら
ニッサンセドリック 230系 バン
自分でやったカスタムカー仕様(アストロフレーク塗装)
このクルマ、取引のあった中古車屋の裏の廃車置場で見つけて、2万円で買ったもの。
クーラーは付いてたけど、アイドリングでクーラーかけてた時、オーバーヒートしやがった。 後ろに他のクルマがついてたので、あせって近所でバケツに水をもらってエンジンルームにぶっかけ(荒っぽい(笑))、イチコロで直りました。
カスタムメイドは、リアゲートの凹凸のパテ埋めと、リアサイドの窓埋め。
それにアストロフレーク塗装 http://www.sense.panasonic.co.jp/PanaSense/auction/rocket/tosou.html
を施し(当然自分で)ました。
あと、タイヤはその頃F1でも有名なファイヤストーンの240-70サイズ(メチャでかい)にあの頃はやりのアメリカンホイル「エンケイ バハ」http://www.hobidas.com/blog/shop/mooneyes/archives/2005/12/post_8.html
いやぁ、懐かしいですなぁ。 しばし哀愁。
クルマの写真はこんなのしか残ってなかったんで解りにくいと思うけど、キンキンキラキラのレインボウカラーのラインをサイドとリアに入れてます。 もちろん自分デザイン。
で、右の写真は友人とゴルフに行った時のもの。 右にケンメリのスカイラインも写ってますねぇ、このケンメリって、わしのオヤジが乗ってましたね、そういや。
まだまだ つづく
いや~忘れてましたよ、RX7乗ってる時バイク買いました。
駅までの通勤の足代わりに、これ。
ヤマハ パッソル S50
発売初年度1977年
女性がバイクに直感的に優しさを感じないのは、またがって乗る、スカートでは乗れない、シートが高い、車両が大きい、車両が重いなどの理由からと思われる。 女性が不得意とする項目を根本から思考することによりパッソルでは次の様な項目を実現した。
1.スッテプスルー 2.前面カバー 3.強制空冷エンジン 4.オイルバスチェーン
上記フィーチャーの採用と女性に合わせた主要寸法諸元の決定によるパッソルの導入は女性ユーザーを爆発的に増加させた。 ステップスルーの車両コンセプトを成立させるために、エンジンのシリンダー を立てて強制空冷を採用した。 このエンジンレイアウトは、その後のスクーター用エンジンの基本となっている。
世の中にまだスクーターというものが無かった頃、突如市販されたバイクが、このヤマハ パッソル。
まぁ無かったというのは語弊があるが、スクーターと呼べるかっこうをしたのはお坊さんご用達のラビットスクーターか、あのローマの休日でオードリー ヘプバーンが運転したイタリアの名車ベスパ(左写真はベスパS50)くらいだったなぁ。 それほどこのフラットデッキステップというのは新鮮なデザインでした。
ま、身体の大きなわしが乗ってかっこ良かったかどうかはこの際どうでもいいでしょう・・・(笑) 色はこのオレンジではなく、ライトグリーンでした。
PS このバイクはけっこう長く乗っていて、もちろん広島にも持ち込んでいました。
その頃F1が流行り出していて、F1カープラモ(ミニ四駆ブームはまだまだ)を趣味にしていたわしは、古くなってボロがきたパッソルのカラーリング変更をしました。
そのカラーリングがなんと、オールブラックにゴールドストライプの縁取り、JPS(ジョン プレイヤー スペシャル)カラーにしたのでした・・・(笑)
これ、見せたくて写真探し回ったけど現存せず、残念。 めっちゃカッコよかったよ。
転り込んだおやじさんトコの商売は、クルマの修理工場だった・・・・ありゃ。
パッと見不真面目、けど根は真面目なわしは、そこでまた一生懸命働くのであった。
工場の屋上のプレハブに住み込んで、楽しい毎日やったなぁ。 ちゃんと車体整備士の資格までとったりして。 日曜はウィンドサーフィンにいそいそと・・・(笑)
しかし、そうこうしていていれば当然結婚という話。 まぁいいんだけど、金が無いヨ。 あ、そういやRX7があるやんって、これまた根っから楽天的なわしは、結婚資金捻出のため、RX7を売っぱらったのでした。 ほぼ1年しか乗ってないやん・・・。
ま、これで結婚式と、新婚旅行はどないかなりました(国内やけど、一応北海道に行けた)。 登別のクマ牧場は、怖かったなぁ。
でもそっから始まった新婚生活、計画性の無いわしら夫婦は、向島のボロボロの6帖1間のアパートからスタートしたのでした。 風呂はあったけど1帖サイズ、狭い。
って・・・・・めっちゃ身の上話になってるやん・・(笑)
足の無くなったわしが、ボロアパートと修理工場の通勤に買った(というか、タダでもらった)記念すべきクルマが、こちら。
ホンダ N360 (通称 エヌコロ)
けっこうポロポロいいながら、よく走ったクルマでしたねぇ。
発売初年度 1967年 2月
4輪車ではスポーツカーとトラックを作っていたホンダが、それまでの先発メーカーの軽自動車群に比べ、大幅に性能向上を図ったN360を1967年2月に発売した。この車は、横置きエンジンのFF(前輪駆動式)を採用し、全長3mの限られた寸法の中で軽自動車最大の室内スペースを確保、さらに最高速度115km/hを誇っていた。
軽四って初めて乗ったけど、なんかめったちゃっちかったなぁ。 まぁ、古い古い中古やから余計にそうなんやけど。 でも軽も意外とオモシロイと思うのでした。
ちなみにこのころはすでに550ccくらいの軽四は新車では出てたけど、昔のこういう軽四って、スバル360に代表されるように、360ccやったんですよ。
で、このころから、つまりまわりをクルマに取り囲まれる生活をするようになってから、わしのクルマ遍歴は更に加速するのであった。
つづく
彼女新車に買い換える。
前のおやじスプリンターが余りにもシブイ、シブすぎると気付いた彼女が買い換えたクルマがこれ。 お父さんの仕事の関係で、選べなかったらしい。
マツダ ファミリア 1200(グレード判らず、たぶん2代目)
おやじさんのコネで買ったらしいが、めっちゃ安かったとの事、確か40万代。 いいよいいよ、オレンジ色だし、かわいく見えんこともない。 走るしぃ。 でもあんまり好きなカタチでは無かったなぁ・・・わし(笑)。
これは広島の向島っていう島に泳ぎに行った時。
屋根の上に乗っかってるのは、当時まだ誰もやってなかったウインドサーファー。
これを通販で買った(だってどこにもショップなんてないし)わしは、この彼女の車を自分のもののように使い、スキー用のキャリアに積んで行ったもんだ、わはは。
その時の模様。 あんまり風の無い瞬間を見事に撮影。 こんな写真しかないのか・・・。
しかしこのウィンドサーフィン、誰に教わるでもなく、簡単な説明書(英語なんで絵しか解らん)を見て組み立て方を覚えただけで、無謀にも海へ出陣・・・今考えれば恐ろしい。
でもちゃんと乗れたよ、若いってスゴイね。
だんだんと彼女にのめり込むわし、しかし彼女は仕事と家庭の事情でお国(広島)に帰っちゃったのでした・・・。
わし・・悩む・・仕事をとるか彼女をとるか・・・。
しかし答えは最初から決まっていた・・(笑)。
半年の遠距離なんとかを続けたのち、彼女を追っかけはるばる広島へ。
これが間違いだと気づくのはずっと後の事だった・・・ああ。
と言うわけで広島彼女編
トヨタ スプリンター 1200(3代目)
彼女が免許を取ってすぐのクルマなので、詳しい事はまったく判らず。 1200ccのおっさん車(中古)を買ってもらって乗っていた模様。 ボンネットに燦然と輝く初心者マーク・・(笑)
これは彼女と道後山という名も知らぬ広島の小さなスキー場へ行った時の写真。
このスキー場、リフトもあったんだけど、ロープ登っていうのがあって、文字通りロープの輪が雪の斜面をグルグル回ってる。 それの登り側を掴んでスキーで滑りながら斜面を登るという、なんとも前時代的な文明の利器があった。
というかそれがメインの登坂装置だった・・・(笑)
めっちゃ疲れるんやでぇ。これ。
大学も無事ストレートで卒業し、オイルショックの残る中、なんとか就職口にありついて働きまくったわしは、よしここらで自分にご褒美を・・・・。
でもないけど、こんなクルマを買っちゃいました。
マツダ サバンナ RX-7 GT (サンルーフ仕様) 後期タイプ
それまでのサバンナからのフルモデルチェンジ。
1978年3月から発売 エンジン : 12A型(573cc×2ローター) 最高出力 : 130ps / 7000rpm(グロス) 最大トルク : 16.5kg-m / 4000rpm(グロス) 空気抵抗の少ない「くさび型」をした流麗なスタイル。フロントミッドにエンジンを搭載。前・後輪にかかる重量配分50.7:49.3。空気抵抗を極力少なくするため、リトラクタブルヘッドランプ採用。
<主要諸元表>(GT) 全長(mm) 4285 全幅(mm) 1675 全高(mm) 1260 ホイールベース(mm) 2420 トレッド<前・後>(mm) 1420・1400 最小回転半径(m) 4.8 変速機 マニュアル5段/AT3段 サスペンション(前) ストラット式コイルスプリング サスペンション
(後) ワットリンク付4リンク式 主ブレーキ (前) ベンチレーティッドディスク 主ブレーキ (後) フィン付きドラム(L&T式)
1982年マイナーチェンジ(後期タイプ) ロータリーエンジンRE6PI(6ポートインジェクション)の搭載をはじめとして、動力性能や操安性の向上、数々の新装備を採用し、スポーティカーとしての性能を向上させた。 RE6PIの採用により、全運転範囲で、よりパワフルな機動性を確保。 最終減速比を3.727から3.909に変更し、走行性能の向上を図った。
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今回あたりから、昔のクルマが写った写真が残っていたので、実写真ですよ。
これは、四国高松におムコさんに行った?友人の家へロングドライブの時の写真。
高松から徳島の鳴門へサーフィンしに行きました。
スーパーカーブームがあり、リトラクタブルヘッドライトにあこがれもちょっとあったかな。
ついでにサンルーフもって調子こいてオプション追加。 サンルーフから顔を出してるのが彼女?
おまけ写真 このとき鳴門のうねりを期待したんですが、あまり波もなく、海辺で日向ぼっこに行ったような感じ。 今こうやって見ると、細いなぁ。 ちなみに左の背の高い方です。
前のがつぶれたんで、しゃあなしに次に乗り換える。 まだ大学生。 次のはコレだった。
ダイハツ コンソルテ クーペ 1000 TL
SOHC直列4気筒 1000cc。 当初のセダン型はコンソルテベルリーナといった。
前車コンパーノとの最大の違いは業務提携先のトヨタパブリカの姉妹車となった点である。同時に、コンパーノに設定されていた4ドアやスパイダー、ワゴンは消滅し、2ドアセダンのベルリーナだけとなった。
ただし、エンジンはダイハツ内製のFE型を搭載し、パブリカと性格を分けた。1971年にはトヨタ製3Kエンジンを搭載した1200Sが発売され、パブリカとの血縁を濃くしている。
1972年にビッグマイナーチェンジを行い、1973年にはパブリカスターレットをベースにしたクーペ、さらに4ドアセダンを追加し、バリエーションを広げるものの、4ドアセダンはシャルマンの登場によって消滅、約1年という短い期間の存在だった。
1975年に50年排出ガス規制をクリア、1000cc車の排出ガス規制対策車はコンソルテのみとなり、ダイハツの小型車に賭ける意気込みを示した。1976年には1000がカタログから落とされたため、この時点でパブリカ/スター レットと完全な双子車となる。翌1977年にはシャレードにその後を譲り、消滅した。ちなみに、車名はイタリア語の「伴侶・提携」から採っている。
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やっぱりあんなすぐ潰れる中古はあかん、今度は新車にしとけと言う親のアドバイスを逆手に取り、援助費を出させる事に成功♪。
しかし、いかんせん庶民なので新車の中で一番安いやつ、それも親戚の勤めるダイハツから、という厳しい条件が出された。
ま、なんにせよ上手い事いった(笑) ワクワクして新車の納車を待った覚えがある。 しかしこのクルマ、ずっと乗ってると不満だらけのクルマやったなぁ。 なんせ遅い。 走らん。 それでも中央環状のゴキブリと呼ばれ、車線変更の鬼となってた・・(笑)
ただ、エアコンやらクーラーなどというナンパな者は、都合により付いてないので、それこそナンパには向いていないクルマだった。 車種を知ってる人も皆無(笑) ダイハツと聞いて後ずさる者もいたという・・・。 前のサニーよりずっとましやん。
チューンは、175-70 のラジアルタイヤ(その頃はバイアスタイヤが主流)に履き替えくらいで、スチールホイルを黒く塗ってた。 くるまの色は、ガンメタ。
そして単車からクルマへ。
大学に通うようになってから単車通学だったので、雨の日にほとほと困っていた。
単車なら30分の通学時間が、電車だと90分以上かかる。
思い切ってクルマに乗り換えたのがこれ。
日産 ダットサン サニーGL(B10型)
お金なんて無いからね、親戚からのお下がり5万円也。
維持費の関係で、ナナハンとはおさらばでした。
新車発表時 1966年 排気量 1000cc いわゆる初代サニーです。
初代サニーは発表に際して大衆車時代を飾るにふさわしい大々的な車名公募キャンペーンを行なった。こうして昭和41年に誕生したサニーは当初2ドアセダンのみのボディタイプで、グレードはデラックスとスタンダードのみというシンプルなものだった。
サニーは発売以来5か月で3万台を上回る販売実績を記録し、「マイカー元年」として本格的な大衆車市場の中心を占めることになる。
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しかしこれ、相当使い込んだ中古だったので、ボロかった。
半年くらいは乗ったけど、だんだんクラッチがすべってきて、最初は坂道が登れなくなり、同乗の友人に後ろから押してもらうという、なんともマンガのようなクルマだったが、とうとう発進できなくなってオシャカにしました。
そうそう、乗ってたクルマの色は、うす緑のようななんともジジくさい色やった。
ああ、懐かしいなぁ。 めくるめく青春・・(笑)
今日も負けた、しゃあないなぁ。 明日やな。
ちょっと現実逃避のブログと化すかも・・・・・。
ホンダ ドリーム CB750 four (K4)
排気量738cc SOHC並列4気筒 67馬力 最高速度200km/h
エンジンは見た目も考慮して二輪一般車初の並列4気筒エンジンを採用したが、 アルミの部品を多く利用し、シリンダーをやや細めにしてエンジン自体の幅と重量は抑えている。吸排気バルブについては、当時のレーサーに使用していた高回転対応のDOHCではなく、低回転からの乗りやすさと生産性を勘案し、あえてOHCを採用した。キャブレターを全てのシリンダー4個に装備したのも二輪一般車としては初めてである。
エンジンの排気量と馬力は、同業他車のエンジンを比較する形で決定された。このエンジンはもう少し性能を上げることも可能だったが、乗りやすさを優先したことから、当時の市販オートバイすべての最高値を上回る出力程度に抑えられていたが、それでも200kmのスピードを出すことも可能な性能は確保されていた。しかし当時のタイヤとチェーンはこの馬力に対応しきれず、開発中に破裂や断裂を繰り返したことから、共にCB専用の部品が造られることになったが、これは部品メーカーがホンダ側に対する製造物への責任を明確にするためだったとも言われている。
前輪ディスクブレーキ 当時既に競技用車両ではMVアグスタというメーカーが前輪ディスクブレーキ使用していた。しかし二輪一般車では前例がなかったため、CBの実車が展示されるモーターショーの直前までドラムとディスクのどちらを用いるか比較討論されていたが、最終的にディスクブレーキを装備して展示させることが決まった。これにより二輪一般車では始めてディスクブレーキを採用することになったが、ノウハウの蓄積には苦労したと伝えられている。
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これは高校3年の時~大学1回頃かな。 中学時分からこれがもう欲しくてねぇ、望月みきやの漫画 ワイルド7 とかにも登場していて、街中でもスンゴクかっこ良かった。 俗に言うナナハンとはこれの事です。
それまでの単車とは大きさや性能が段違いやった。 ただ重くてね、身体の小さい人はセンタースタンドが立てられなかった。
実際に乗ってた色は、パープルメタリックやった。 中古を格安で譲ってもらったので、色は選べなかった。 そしてやはり風防を後付してたなぁ、理由は風防が無いと目から涙が出て止まらないから。 安全のため(笑)
むかしむかし20代前半の頃、一時オーディオに凝ってました。
よく日本橋(秋葉原みたいなトコ)に通ったりしてましたねぇ、金も無いのに。
最初に手に入れたのがオンキョーのプリメインアンプ、ダイアトーンのSP、パナソニックのターンテーブル(もちろんレコードの時代)
いわゆる普及品という代物でしたが、一応自分なりに音を追求してるつもりで(笑)、しかしだんだん欲が出てくる。
日本橋でパーツを購入、合板を大きな糸鋸の機械のある工場で加工し、自作のスピーカーなどを作ったりしましたねぇ。 バックロードホーンという構造のSPで、自分で設計し、自分で製作、仕上げ塗装までして悦に入ったりしたもんです。
そうするとカセットテープデッキという物が登場し、オープンリールデッキより便利であるため、たちまち市場に上級品が並んできます。
わしはパイオニアの上級品、前面操作のタイプをバイトの金全部つぎ込んで購入したのですが、本当はもっと欲しいものがあった。
それがナカミチというカセットデッキ専門の会社製品でしたねぇ。
ただ、専門メーカーだけあって、超超高級品で、何十万という値段、とても高嶺の花で手が出なかった。
それから幾年月、とっくにオーディオ熱など無くなったわしは、すっかりナカミチなどというメーカー名を忘れていました。
で今回、ふと思い出したので検索(便利な世の中や)、というのは今やカセットテープなるものも、とっくに古~いメディアとなってしまった世の中で、いったいナカミチさんはどうしてはるんや?と気になってしまったんですね・・(笑)。
見つけました、生きてはりました(笑)、ところがなんとこのメーカー、テ、テレビ(正確にはモニター)まで作ってはる総合オーディオメーカーに変身してはった。
カーオーディオまで作ってるなんて・・・すっかり浦島太郎。
ナカミチ ウェブサイト
http://www.nakamichi.co.jp/
今流行のホームシアター。
なんかデザインが
ドイツ的でかっこいい
んですけど・・(笑)
カーオーディオやね。
そういやポルシェの
カーオーディオが
ナカミチやったっけ?
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