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2006年9月17日 (日)

ザ・タイガース

タイガースファンのわしなら、このグループを取り上げないわけにはいかんでしょうね。 その名も ザ・タイガース 。  いいねぇ、名前が(笑)

Tigers0ナンバ一番出演中

ファニーズのメンバー

森本・加橋・沢田

昔々、その昔、イギリスでビートルズ、ローリングストーンズ、アメリカでベンチャーズが流行っていた頃、日本にもその波が押し寄せた。

目ざといプロモーターがこれに目をつけないわけがない。 早速日本でも若者ミュージックグループの発掘にとりかかった。

その頃大阪ミナミのナンバ一番っていうジャズ喫茶に出演していたグループ、それがザ・タイガースの前身、ファニーズだった。

ジャジャ~ン・・(笑)

このナンバ一番には、当時姉と行ってソーダ水を飲んだ覚えがある。 タイガースよりも後の時代で、たしかライオンズ(笑)が出演していたはず。

では詳しくご紹介しましょう。.

メンバー

沢田研二(ジュリー) ボーカル
岸部修三(サリー、後に岸部一徳に改名)ベース
加橋かつみ(トッポ) ギター
森本太郎(タロー) ギター
瞳みのる(ピー)ドラム
後に加橋かつみが脱退し、岸部修三の弟である岸部シロー(シロー)が加入する。このシローが加入したことにより、タイガースの人気は下がったとシロー本人が言っている。ちなみにシローは兄を通してタイガースのアマチュア時代からサウンド・アドバイザー的な貢献を行っていたが楽器歴は一切なかった状態での参加となり、当初はステージで演奏をするフリだけの存在であった。しかしその後ある程度のリズムギターやタンバリンはこなせるようになり、田園コロシアムでのコンサートや解散コンサートでは実際に演奏しているのが映像でも確認できる。

1981~1983年の再結成時のメンバーは沢田、岸部兄弟、加橋、森本の5人。

超詳しいヒストリー
http://60spunk.m78.com/tigers.html

来歴  原型は沢田研二を除く4人で1965年に京都で結成された「サリーとプレイボーイズ」。その後当時「サンダース」で活動していた沢田研二が加入、バンド名も「ファニーズ」に改称する。

当時、メンバー全員がファンクラブに加入していたザ・スパイダースの田邊昭知から、「上京するならスパイダクション(現田辺エージェンシー)に来ないか」といわれるが、大阪のジャズ喫茶「ナンバ一番」で共演したブルージーンズの内田裕也からナベプロ(※当時の芸能事務所「渡辺プロダクション」の略称。現在のワタナベエンターテインメント)のオーディションを受けるよう勧められ、これに応じる。1966年10月9日にナンバ一番で行われたオーディションに合格し、11月9日、新幹線で上京。11月15日、初出演のテレビ番組「ザ・ヒットパレード」(CX系列)収録当日、関西出身ということからすぎやまこういちによってバンド名をザ・タイガースに変更させられる。高橋、人見、森本が巨人ファンだったことから一瞬揉めそうになったが、「ここで了承しないと出演させてもらえないかも知れない」ということで納得したらしい。初のテレビ出演では、PAUL REVERE & THE RAIDERSの「KICKS」(作詞・作曲:B.Mann & C.Weil)をカヴァー。岸部の父の友人が、大卒初任給平均が25,000円だった当時の価格で250万円ほどしたビデオデッキ(オープンリール・白黒)で録画し、岸部四郎(※岸部の弟。後にザ・タイガースのメンバーとなる)が保管しているという説があったが、現在はその友人の息子が保管していることがTVで判明した。

T1   1967年2月5日発売のシングル「僕のマリー」(作詞:橋本淳、作曲:すぎやまこういち ※1966年12月の録音時点でのタイトルは「マリーの想い出」)でデビュー。この頃、メンバーのニックネームが決まり、前述の理由から「ジュリー」と呼ばれるようになる。岸部修三(現・岸部一徳、当時は「岸部おさみ」とも表記)は背が高かったことから、ビートルズのシングル「のっぽのサリー」にかけて「サリー」、森本太郎は本名から「タロー」、加橋かつみ(本名:高橋克巳)はトッポジージョに似ていることから「トッポ」、瞳みのる(本名:人見豊)はキューピーに似ていることから「ピー」と呼ばれた。セカンド・シングル「シーサイドバウンド」(作詞:橋本淳、作曲:すぎやまこういち)、サード・シングル「モナリザの微笑」(作詞:橋本淳、作曲:すぎやまこういち)で一気にブレイク。折りからのグループ・サウンズ(GS)ブームも相まって、ザ・タイガースは瞬く間にトップ・アイドルとなる。その中でも、当時の男性歌手としてはあまりにも日本人離れした大きな瞳と端正かつ甘美なルックスの沢 T2 田が10代少女に熱狂的な人気を博し、沢田は一躍GS界はおろか芸能界をも代表する国民的アイドルとなる。これが、現在における「ジャニーズ事務所」所属タレントをはじめとする、甘い顔立ちのどちらかというと中性的なイメージの男性タレントが「アイドル」としてもてはやされる風潮のはしりであるとも言える(ザ・タイガースデビュー当時には、あおい輝彦が在籍する元祖「ジャニーズ」が健在であったが、元祖「ジャニーズ」はみな短髪で体格も良く、GSブーム以前の、加山雄三に代表されるいわば「青春歌謡」的な男臭さを売りにしていた。GSブームを目の当たりにした「ジャニーズ事務所」は、ザ・タイガースやザ・テンプターズの熱狂的人気に対抗すべく、長髪に、中性的な甘い顔立ちの男性アイドルグループを売り出しにかかる。これが「フォーリーブス」であり、その路線が「郷ひろみ」や「たのきんトリオ」、「シブがき隊」などを経て、現在の「SMAP」や「TOKIO」「V6」などへと継承されてゆく。また、「ジャニーズ事務所」社長のジャニー喜多川も、現在のアイドT6 ル売り出し戦術の根底を、当時提携し、提携解消後のライバルともなる「渡辺プロ」によるザ・タイガース売り出し戦術から学んだことを認めている)。

その反面、当時は不良の代名詞とされた長髪やエレキという要素に加え、異常ともいえる人気の過熱ぶりはコンサート会場での転倒事故や、女子高生によるコンサート入場券偽造事件などという不幸な結果を招き、世の大人たちはGSブームを煙たがり、NHKはザ・タイガースの出演を拒否した(※既にNHKの冠番組「歌のグランドショー」用に収録済の映像もあったが、転倒事故を理由に放送中止(御蔵入り)。以後、沢田はソロ活動後の1972年までNHKに出演することはなかった)。余談だが当時はザ・タイガースに限らずザ・テンプターズ、ザ・スパイダースなどの長髪GSは軒並みNHKに出演できなかった。唯一の例外はジャッキー吉川とブルT3 ーコメッツである。のちにザ・タイガースはNHK紅白歌合戦に出場したが、これが実現したのはずっと後の1989年、紅白40回記念大会でのことである。

1968年8月12日に日本初のスタジアム・ライブとなるザ・タイガース・ショー~真夏の夜の祭典を後楽園球場で開催。11月25日には、トータル・コンセプト・アルバム「ヒューマン・ルネッサンス」を発売し、社会現象とまでいわれた圧倒的な人気の中、ザ・タイガースはGSブームの頂点に立つ。グループ・サウンズのファン・クラブは親衛隊と呼ばれたが、ザ・タイガース親衛隊の数は断トツだった。また、「追っかけ」と呼ばれる新しいファン行動も出現した。しかし、1969年3月に加橋かつみがザ・タイガースを脱退(※所属事務所の演出による「加橋失踪」という茶番劇で、後に事務所側は謝罪会見を開いた)。新メンバーとして岸部の弟・岸部シローT4 (本名:岸部四郎 ※現在は本名で活動している)が加入したが、この頃から急速に音楽シーンが多様化し、GSブームも退潮の兆しを見せ始める。そんな中、12月1日に沢田が初のソロ・アルバム「JULIE」発売。メンバーのソロ活動も増えだした1970年12月7日、ザ・タイガースは解散を表明。翌1971年1月24日、日本武道館におけるザ・タイガース ビューティフル・コンサートを事実上の解散コンサートとして、ザ・タイガースは解散する。武道館では以前、新曲発表会を開いているので初演ではない。

再結成  解散後、ドラムスの瞳みのるを除くメンバーで何度か再結成され、コンサート活動も行った。

T8_1 1981年1月、東京・有楽町の日劇が取り壊されるのを前に、「さよなら日劇ウエスタン・カーニバル」が開催され、ザ・スパイダース、ジャッキー吉川とブルーコメッツ、ザ・カーナビーツなど往年の人気GSが再結成して集結。ドラムスの瞳みのる以外のメンバーが結集しザ・タイガースも再結成する。翌1982年には「ザ・タイガース同窓会」と銘打って本格的に再結成。アルバム『THE TIGERS 1982』やシングル「色つきの女でいてくれよ」をリリースし、大ヒットとなる。これをうけて全国ツアーも展開され、1983年までシングルやビデオ、写真集などが次々と発売された。

1989年12月31日には、NHK紅白歌合戦に初出場。紅白40回記念大会の昭和を振り返るコーナーに紅組のピンク・レディーとともに出演し、「花の首飾り」「君だけT5 に愛を」を演奏する。

1990年には、横浜アリーナで開かれた「GSフェスティバル」にトリで出演。他の出演者と共に「シーサイド・バウンド」を演奏した。

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それでは、この曲からどうぞ

モナリザの微笑み(1969)

色つきの女でいてくれよ(1982再結成)

花の首飾り ~ 君だけに (平成元年再結成)

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おまけ  その頃の他の グループ・サウンズ

ブルーコメッツ : ブルーシャトウ
ザ・スパイダース : 風が泣いている
ヴィレッジ・シンガース : バラ色の雲
ゴールデン・カップス : 長い髪の少女
オックス : ガールフレンド
パープル・シャドウズ : 小さなスナック

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もひとつおまけ  シャボン玉ホリデー

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ええい、出血大サービス (笑)

う~~ん、やっぱり中森あきなは、ぽちゃっとしてたときが良かったにゃ~・・・(笑)

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コメント


ありゃまさん、おはようございます!!

いきなり、大作ですね〜^^


岸辺シローのタンバリン


最初は、ヘタで、ジュリーが音が鳴ると

歌いにくいから というので

セロテープで動かないようにしてて

ほんとに、タンバリンをたたいて音がでてるのかどうか

疑わしい目でジ〜〜〜〜っと見てるファンがいてて

焦った


という話を、借金でたいへんなことになったあとに出てた

なにかの番組で、本人が話してたのを聞いたことがあります^^


もう、出かけないといけないので(仕事です(^_^;)

動画は、今夜のお楽しみにとっておきま〜す

では、行ってまいりま〜す^^

投稿: サワヤカプリンセス | 2006年9月17日 (日) 09時51分

おはようございます

ザ・タイガースなつかしいですねぇ
「♪君だけに~ キャー!!!!!」あの指差しは衝撃的でした
SPさんが書いているようにいろいろあったのは巷間聞いていますが
過ぎてしまうと美しい思い出しか残っていません

おまけの映像の芸能人もみんな若い!
しかし、私がどの人も曲もみんな知っているのもある意味すごいと思いました
昨今はとても特化していて
「普遍的な」つまりみんなが知ってるってのはもうないですよね

何十年かたって「ああザ・タイガース」とか「明菜ちゃんはぽっちゃりがヨカタ」とか
そうやって共通認識を持てるというのがスバラシイ

しか~~~~~し!
今日も「アレ」にかかずってTVを見たりPC火入れしたりしてしまうのでしょうか?

夜のスポーツニュースのハシゴをする奴はバカだと思っていました
カーネルサンダースがおみこし状態なのをニュースで見て
あまりのくだらなさに「あれは特殊な人たちだから」と納得していました
品行方正でスポーツ新聞など購入したこともありませんでした

知らなければ

「関西出身なんでしょう?」と誤認されることも
スカパー野球パックに加入することも
デイリーを駅スタンドで買うことも
Pの阪神携帯を持つことも
それを未練たらしく3年も機種変しないことも
PCにかじりついて時間を費やすことも
勝ち負けで周囲から腫れ物扱いされることも
黄黒の配色に反応してしまうことも

なかったのになぁ

ぢくぢくとすみません。言ってもせんないことですよね.....
「いつもどおり」に修正していかなくちゃいけません
有馬さんの公式でのカキコ楽しみにします
ここもいつもどおり見に来ます(更新ヨロ)

では。


投稿: 老婆心 | 2006年9月17日 (日) 10時14分

to サワヤカさん

勝ちましたぁあ、阪神、ナゴドで勝ったよ~~~~。

仕事してるんやけど、このあとも仕事、手につかんかも~~~。

あ、ザ・タイガース、サワヤカさんがどこまで知ってるんか、ちょっと興味あります~~(笑)。


to 老婆心さん

勝ちましたでぇええ~~、今日は勝つと思ってた(笑)

1勝ってこんな嬉しいもんなんですねぇ。

いやぁ、同年代なんですか?

関西じゃあないようですね。

なんか京都出身やし、タイガースファンやから、ザ・タイガースっていう名前にした、って聞いた事あるんですけど。

それだけでもなんか嬉しいですよね。

だいたいGS時代の王者やったですからねぇ。

タイガース。

あ、公式そんなチェックしてはるんですか、いやぁ、お恥ずかしい。

やっぱりですねぇ、こういうネットの世界では、かなり童心に帰ってるところがありますわぁ。

更新は、また、ボチボチと・・・・(笑)

投稿: ありゃま | 2006年9月17日 (日) 17時40分

ありゃまさん。

阪神、勝ちましたー(^^;

あまり格好のいい勝ち方とは言えませんが、僕はオッケーです(^^;


ザ・タイガースをはじめとするグループサウンズは、あまりよく知りません。

日本のバンドでは、RCサクセションから入り、LPを何枚か買いました。

その後は、FMラジオで聞いたサディスティック・ミカ・バンドの「タイムマシンにお願い」をカラオケで歌ってました(^^;

僕個人の好みですが、鈴木ヒロミツがボーカルをしていたモップスが好きです。
といっても、聴いたことのある曲は、「朝まで待てない」「たどりついたらいつも雨ふり」と「月光仮面」の3曲ぐらいだったと思います。

鈴木ヒロミツのボーカルは、メチャかっこいい! と思いました(^^;

投稿: 新猛虎道 | 2006年9月18日 (月) 22時56分

to 新猛虎道さん

勝ちましたねぇ、めっちゃラッキーな勝ち方やけど(笑)

だいたい井川が・・・・ま、えっか(笑)

へぇ、音楽はかなり詳しいはずの新猛虎道さんが、って時代がちょっと違うもんねぇ(笑)

けどモップスを知ってるってのはスゴイ。

やはりシブイとこついてきますなぁ・・(笑)

実を言うと、わしもGSのなかではモップスが一番音楽的にはホンマモンの実力があったと思うんですよ。

他のGSってみんな今で言うスマップみたいなもんで、作詞作曲も本職が書いて、プロモーションされて、っていうまぁいえばアイドル歌手グループ。

けどこのモップスは、自分達で曲作ったり、仲間(吉田拓郎とか今のフォーク界の重鎮連中)に書いてもらったり・・。

あと、ルックスもさすがヒロミツがメインだけに・・(笑)サイケデリック調の服装や、髪型で売り出してましたね。

まぁ、曲傾向としては、フォークだと思う。 けどハートは熱かったですねぇ。

当時はわしだって子供ですから・・(笑)そんな沢山知ってるわけじゃないんですが、「たどりついたら・・」は、ほんといい曲やと思います。 これって吉田拓郎の曲なんですよ。そんな感じしますよね。

それともう一つの実力グループは、やっぱりスパイダースでしょうね。 ここはマチャアキとかのイメージが強いですけど、かまやつですね。彼がビートルズで言うとジョンレノンに相当すると思います。

投稿: ありゃま | 2006年9月19日 (火) 01時19分

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